怪談 ておくれ
決して手を見せてはいけない。
女はかつて盗みを繰り返し罰として両手を切り落とされた。切り落とされた時に意識を失った女は自分の手がどうしてなくなったのか覚えていない。そうして女はなくなった自分の手をいまでも探し続けている。
その日は早く帰らなければならず私は普段は使わないひとけない抜け道を通ることにした。誰かがいる。女の格好は薄汚れている。髪の艶がなく手入れをしていないのか白髪が目立つ。
「ちょっと、そこの人。それを落としたんだが見てのとおり手がないので代わりに取ってもらえないだろうか」
私は不審に思ったが困っている人を見捨てるのは心苦しいから助けることにした。
「あんたの持ってるそれ……いや……きれいな手だね」
私は女のその言葉に曖昧な笑みで応じ、女の落とした財布を拾い上げた。
「なんだあんたが持ってたのか」
先ほどまでなかったはずの女の手がそこにあり私の手首を掴む。
女は聞き取れない言葉でつぶやき続ける。
私は振りほどこうと必死にもがくが、きつく握られた手を振りほどくことができない。助けを求めようとしたが声が出ない。
「これは私のだよ。返してもらうからね」
そう言って女はより一層強く私の手首を握りしめる。
女の満面は笑みで私を見つめている。
気が付くと私は自宅のベットの上にいた。どうやって帰ってきたのだろうか? そんな疑問より先に両手を確かめた。ない。これは悪い夢だ。だがあの時握られた手首にあざが残っている。否定を重ねるが意識は鮮明になる。
鏡に映る私はひどくやつれて一回り老けたように見える。
私の身に起きたことを周りにどう説明すればいいだろうか。
警察に連絡をし、そのあと上司と相談した私は会社を長期休職することにした。
私は横切る女性に目を凝らす。あの女はどこに行ったのだろうか?
私はあの女を探している。